原子炉圧力容器の経年劣化

日本の原発はそろそろ稼動40年になるものがいくつか出てきて、経年劣化を評価することが求められています。とりあえず何が問題かざっくり書いてみます。

最近玄海1号機の脆性遷移温度というのが問題になってるようです。素性不明の資料ですがこんなのが http://search.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000074876

鉄は冷えると脆くなります。バラの花をつぶしてもぐにゃっとなるだけだけど液体窒素に入れてつぶすと粉々になるような感じ。これに関する解説
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/mre/study/content/rad-damage/dbtt.htm
単純に言うと普通の鋼に無理な力をかけた時、摂氏0度より低温だと割れて0度以上だと折れ曲がる*1。容器だと折れ曲がって凹んでも問題ないけど割れるとよくない。これが長年原子炉からでる中性子を浴びてると境目の温度がだんだん上がってくる。
(ちなみにこういう温度による急激な破壊モードの変化は圧力容器に使われるフェライト鋼(BCC格子構造)で起こる。容器内部の配管などに使われてるステンレス鋼(オーステナイト鋼、FCC格子)では起こらない。)

原子炉の運転中は摂氏200〜300度の高温で、さすがにここまで境目の温度が上がることはないけど、緊急炉心冷却を行って急に冷やした時に不均一に冷やされることで熱膨張が場所によって変わって無理な力がかかる。この時に境目の温度が100度以上くらいになってると危ないということになる。あとは運転中の高温でも地震そのものによる応力は大きいので、高温で経年劣化によってどの程度脆くなるかもいちおう評価しておく必要がある。それと冷やして熱応力かかっている時に余震が来たらどうかとか。

以下なぜ脆くなるかのメカニズム。

実際に材料の脆さを測定するには、試験片にハンマーを振り子のようにぶつけて割って調べる。破壊にエネルギーが使われるためハンマーは開始位置より若干下までしか振り切れない。この位置エネルギーの差から計算する。このエネルギーは新しく表面ができることによるエネルギー増加と、材料が変形することによる増加の寄与がある。針金をくにょくにょ曲げると熱くなる。これが変形によるエネルギー。
中性子は物質をすりぬけて、たまーに材料の原子核にあたってふっとばして結晶構造をひっかきまわす。なので材料の内部まで均一に影響が出る。ひっかきまわした後は回復するけど、余分な原子や穴や不純物が固まったり移動したりする。
脆くなる原因のひとつは、塑性変形の阻害。結晶が塑性変形する時、転位線と呼ばれる格子欠陥が移動して変形する。BCC格子ではこの転位線が移動する時にエネルギーの山を越えないといけない。トタン屋根を傾けて鎖を乗せたのを想像してほしい。傾けても引っかかって落ちない。FCC格子ではトタンの波が低いのですぐ落ちる、すなわちすぐ曲がる。でもBCCだとガサガサと揺すってやらないと山を越えない。なにかの拍子に一部が山を越えると残りもつられて下の谷に移動する。この山を越えるのに必要な温度より高温だと転位がよく移動し、低温だと転位が移動する前に亀裂が進む。照射による欠陥が増えてくるとそれに転位が引っかかる。トタン板に小さい釘をたくさん打ち付けた状況。こうするとより激しく揺する必要がある。つまり高温にならないと塑性変形しない。
もうひとつの理由としては硫黄やリンなどの不純物が結晶粒界面にたまってくることがある。そうなるとその界面を割るためのエネルギーが低くなって亀裂が進展しやすくなる。ホウ素なんかだと逆にエネルギーを高くする。表面てのは傷口みたいなもんだけど、そこに硫黄とかまぶすと傷をカバーしてくれるので表面エネルギーが下がる。

*1:実際は急に変わるんじゃなく、曲がって伸びてちぎれる部分ときれいに割れる部分の割合が変化していく