ミッドウェイ海戦の後知恵と正解

Shattered Sword: The Untold Story of the Battle of Midway: The Japanese Story of the Battle of Midway

Shattered Sword: The Untold Story of the Battle of Midway: The Japanese Story of the Battle of Midway

紙の本を持ってたけど電話帳くらい大きいのでなかなか読めずにいた。でもKindle版購入でガンガン読めた。素晴らしい本。

敵空母を発見し攻撃準備でテンヤワンヤだった日本機動部隊に米急降下爆撃機が襲いかかり、燃料や爆弾が誘爆して4隻の空母のうち3隻が大ダメージを受けた。海軍関係者のその後の証言では攻撃隊が甲板上で発進準備中、五分後には発進予定だったところを襲われたとなっている。英訳された淵田美津雄氏の本でもそうなっており、英語圏ではそれが事実とされてきた。
しかしこの本の著者は少し前に機動部隊を攻撃したB17からの写真を見て疑問を持つ。空母の上に飛行機が一機もないのだ!
そして日本の一次資料などを調べて真相が判明する。「五分後には発進予定だった」というのは海軍が陸軍に対する面子を保とうとして海戦の後についた嘘であった。それが関係者の戦後の証言でも踏襲されていた。日本では防衛庁の公式な戦史であるWikipedia:戦史叢書ミッドウェイ海戦の巻が1971年に刊行され、そこでは「五分後には発進予定だった」ということは否定されている。しかしこの資料はながらく英語圏に広まらなかった。ちなみにミッドウェイ海戦の映画が1976年。

本書では第一部で当時の背景、この作戦に至る情勢などが書かれている。第二部では海戦の様子が、まるで赤城の艦上から見ているようなリアルさで描かれる。著者は戦史や当時の日本の空母や艦上機の運用規定を調べ上げ、コンピュータも駆使して論理的に艦上の様子を再現している。たとえば飛龍から攻撃隊が発進するシーン、攻撃隊長の97艦攻が飛行甲板の端まで来て一旦大きく沈んでから浮き上がり、みなが安堵のため息をもらす。これはコンピュータ上で飛行甲板に実際に攻撃隊を配置し滑走距離を計算し、魚雷込みの重量とエンジン推力を元に速度を計算すれば論理的に導かれる事実。まるで見えないのに見てきたかのように語るホメロスのようだ。
また第二部では「後知恵」を徹底的に排除し、赤城の艦橋を包んでいた「不確実性」の霧を再現している。ある選択が正解かどうかは結果でなく、判断の合理性で決まる。その意味で何が「正解」であったかを考えることができる。
しかし正解を選んでも運命のいたずらには勝てない。赤城、加賀を攻撃したアメリカの飛行隊は指揮のミスにより全機が加賀を攻撃することになった。そこでBest小隊長率いる三機だけが機転を利かせて赤城を攻撃した。おかげで加賀は艦橋への直撃を含む多数の命中弾を受け瞬時に機能が麻痺した。一方赤城は命中1、至近弾2という結果。しかしエレベータ付近に命中した爆弾は二段ある格納甲板で弾薬を巻き込んで火災を引き起こし、じわじわと艦全体を巻き込んでいく。格納庫が二段だと木で作らなければ重くて転覆する。なので良く燃える。その意味では日本の空母の設計がそもそも「不正解」であった。また艦尾への至近弾で舵が壊れたと考えられている。この偶然も決定的だった。

第三部は一転して「後知恵」を総動員して海戦を分析する。第二部の熱さと正反対の冷徹さが印象的。結局、早かれ遅かれ空母の数でアメリカが圧倒的優位に立つことは動かせないのでミッドウェイがどうなっていても大局は変わらなかったという結論になる。日本海軍では「決定的」な海戦で勝利して相手を和平交渉に付かせるという考えが伝統としてあったけど、アメリカ相手にそれは出来なかった。そもそも戦争を起こしたことが不正解だった。

暁の珊瑚海 (文春文庫)

暁の珊瑚海 (文春文庫)

その冷徹な分析の後でぜひこの本も。
特徴として、司令官からパイロット、整備兵にいたるまで出てくる人は全て出身地や家族、人柄などが書かれている。そうした血の通った人間たちが当時の空母の上でどのように考え行動したかが書かれている。史上初の空母対空母の戦いであり、日米双方とも大きな誤りをいくつも犯している(その最たるものは敵空母に間違って着艦しようとした日本の爆撃機)。そもそも本命でない作戦に空母を二隻も出したのが戦略的な不正解であったのだけど、司令官の立場にあったとして空襲があれば沈められてしまう輸送船に乗った何百人の兵隊に「護衛の空母は出せん」と言えるかどうか。難しい所。