グレッグ・イーガン 異界量子論発見譚

The Eternal Flame (Orthogonal)

The Eternal Flame (Orthogonal)

時空の計量が++++の世界のお話、第二巻。こちらで冒頭を読めます。
http://gregegan.customer.netspace.net.au/ORTHOGONAL/E2/EternalFlameExcerpt.html
第一巻は相対論の発見でした。ざっくりとした説明をこちらに寄稿したのでどうぞ。
http://ensemble-sf.info/2012/09/void-which-binds-1.html

さて今度は量子論の発見になります。こちらの世界であれやこれやの実験で謎の結果が出てきて、それを解明するために量子論が出てきた訳ですが、あちらの世界でも同じことが起こります。同じ部分は同じだけど、違う部分はかなり違う。
例えば電荷が作るクーロンポテンシャルがあっちの世界ではcos(ar)/rのようになる。四元ポテンシャルを使ったマクスウェル方程式を解くとそうなるらしいけど計算はフォローしてません。それであっちの世界は物質を作る粒子が荷電粒子一種類しかない。一種類だけでも複数集まった場合の安定状態がいろいろあるので、いろいろな分子ができるという仕組み。
端的に言えば「電子がない」世界なので、電気一切使えません。トランジスタはおろか電線や電球さえも。だから第一巻のタイトルは "Clockwork Rocket"なわけで。まあ作者のことだから第三巻でスピンと光学を使った量子コンピュータを完成させても驚かない。
またこっちの世界は量子効果があまりない原子核と量子的な電子があるおかげで段階的に物質の量子論を構成していけるけど、あっちではそれができない。専門的に言うとボルン=オッペンハイマー近似が使えず、一原子の場合の軌道も使えず、いきなり強相関を扱わないといけない。
そんな状況でも作中の登場人物たちはなんか閃きまくって、レーザーを実用化したりスピノルの四元数表現を思いついてゼーマン効果を説明したり、さすがにちょっと引いてしまいました。「悪い科学マンガの例 by 菊池さん」そのままなんですよ。
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量子論以外では、どうやら時間を逆向きに進んできたらしい小天体 "Object" (なんつう名前や)への調査ミッションが前半のひとつの核となります。こちらはなかなか燃える。もう一つはこの世界の人類の生殖の仕組み。夫婦和合すると母親が4つに分裂して子供が生まれる(母親の脳は消える)というすごい設定で、人口問題や女性の抑圧といった問題と絡んでいて、これを解決する研究が科学的にも社会的にも大論争の的となる話がもうひとつの核。

実際どうなるのか

いやしかし cos(ar)/rの相互作用って、めちゃくちゃいやらしくて数値計算すごく大変です。どういう物質の構造がありうるか、という問題はちゃちゃっとやってみる、というわけにはいきません。数個の粒子の場合でも閉じた系の軌道は無数に分断されるので。結晶の場合はまた1/rの項がわるさをして表面の配置とか周期境界の取り方とかでバルクの性質が変わってしまう。
量子計算はどうか。こっちの世界で一般的に使われるKohn Sham DFTは原理的にはそのまま使える。原子核のポテンシャルを0にして電子同士の相互作用をcos(ar)/rに変えるだけ。交換相互作用項はどうだろう。わからない。そもそも電子ガスの場合が単純でない。
うーん一様な電子ガスでさえままならんとは、KSDFTのココロである平均場がアウトなのではないか。