●『90年代SF傑作選』, 早川文庫SF

ISBN:4150113947 【アマゾン】ISBN:4150113955 【アマゾン】グレッグ・イーガン「ルミナス」激おもしろい!出だし、チバシティーのケイスとかニューデリーターナーみたいな感じ。そのせいか訳も黒丸訳ギブスンに似てるのは気のせい?でもその後は文系イッテヨシって感じで理系ネタが全開バリバリ、一切説明なし。キッツー。以下内容に触れるので透明化。本文中で説明されてない重要な概念について知ってる事と調べた事を書いときます。



ディフェクト:
一般的に物はエネルギーが高いと乱雑に、エネルギーが下ると整然となります。宇宙が出来た当初はエネルギーが高く、いろいろなものが乱雑だったのが、次第にエネルギーが下がって整列してきます。たとえば地面に立方体の箱が散乱してる状況を考えます。これが宇宙誕生直後の状況。でエネルギーが下がると並べようとする作用が働いて整列していきます。具体的にはそれぞれの箱が、自分の近くの箱を見て、それにぴったり向きをそろえようとするような感じです。こうやって向きの揃った箱の集団がどんどん大きくなりますが、そのうちどうにもならない状況も出て来ます。こんな感じです。
日本で交流電源の周波数が東と西で違うのもこれと似た状況です。どっちかがマイノリティであればもう一方に囲まれて次第に小さくなって消滅しますが、対等である場合はそれ以上統一は進みません。この境目がディフェクトです。ここで重要なのは、物理で言うディフェクトの場合その両側の様子は全く対称で、優劣は付けられないということです。箱の場合なら、とにかく揃ってればいいので向きはどっちでもいいわけです。
現在、宇宙の初期にできたディフェクトを天体観測で実際に見つけて宇宙誕生の様子を研究するというのはホットなトピックスのようです。この小説では、このディフェクトが論理のネットワークにもあるというアイディアが核になっています。
2002/3/28追記:宇宙論とかで話題にされてるのは、コズミックストリングというディフェクト。これは面じゃなくて線です。絨毯に櫛をかけて毛をそろえた時、「つむじ」みたいなのが出来ちゃうともう直せません。絨毯が三次元だと「つむじ」は線になります。竜巻みたいな感じ。これがコズミックストリング。

ω矛盾

2002/3/29 追記:
1 はPである。2 はPである。3 はPである。……
てのが全て成り立つと同時に、
P でない自然数が存在する。
というのも成り立つ、ということらしいです。ゲーデル関係の話らしいです。いかん、ゲーデル云々書く資格なし。勉強せねば。般養ん時の記号論理学、パラドクスの作り方までは分かったけど途中でやめちゃったからなぁ。

2002/4/01 追記:
ゲーデルの第一定理は「ω無矛盾な体系では真も偽も証明できない命題が作れる」だった。「ω無矛盾」は「1 はPである。2 はPである。3 はPである。……が成り立つならP でない自然数が存在することはない。」というもので、「無矛盾」より強い条件らしい。「無矛盾」は「真でありかつ偽であるような式がない」てこと。ゲーデルの第一定理はその後改良されて、「無矛盾な体系では…」としても成り立つことが証明されたらしい。
「無矛盾」でない体系、てのはナンセンスだけど、「無矛盾だけどω無矛盾でない」、すなわち「ω矛盾数論」を考えるのはそれなりに面白い、ってことなんだろうか。

以下前に書いた的外れ版の調査報告:

原文は "Omega-inconsistent number theories"なんですけど、検索してもこの小説のファイルと、この小説について議論してるMLがヒットするだけで、正確に何を指してるのか分かりません。
同じかどうか分からないけど、Chaitin のオメガ数ってのを見つけました。ものすごく簡単にまとめたページはこちら。そこからリンクしてある Chaitin の公演録はこちら。Chaitin 本人のページはこれ
でもこちらは大文字Ωなんですよ。うーむ。このΩってのはあらゆる可能なプログラムのうちで有限時間で終了するものの割合、らしいです。この小説とは関係ないっぽいかも。上の公演録がんばって読んだ人、ごめんなさい。でも面白い話だったから許して。


ゲーデルの話との関連
文中で一言も触れられてないのが不思議なんで、ちょっとストーリーを補完してみます


ぼくが言説SについてIAの重役に説明し終えた時、彼は言った。「なるほど。ゲーデル不完全性定理のようなものですな。」悪くない。予想した反応だ。答えも用意してある。
「いや、ゲーデルの命題は『この命題は証明できない』というものです。明らかにそれは証明できないし、その否定も証明できない。その手のパラドクスはクレタ人の時代から知られていましたが、まさか数論でそんな命題が作れるとは誰も思っていなかったわけです。しかし言説Sは、パソコンで証明可能だし、その否定もまたパソコンで証明可能なのです。」すると重役は身を乗り出し、
「Sと否Sが同時に成り立つ場合、あらゆる命題が真になって論理が意味をなさなくなるんじゃないのかね。」
「いいえ、ここで重要なのは『同時に』ではない、という点なのです。私がパソコンでSを証明すれば、その瞬間に全宇宙でSは真になり、他の誰かが否Sを証明すれば、またその瞬間に全宇宙でSは偽となるんです。」
「馬鹿げている!」
「ぼくは最初から馬鹿げた話をしていたのですよ。ようやく気が付かれたようですね。論理的命題はそれ自身として存在している訳ではないのです。物理的実体に影響を及ぼして初めて存在するのです。たとえば人間が考察してその脳の電流パターンに影響を与えるとか、パソコンで証明されて電流パターンに影響を与えるとか。そうする前は真も偽も決まっていないし、そもそも命題は存在しないのです。」


「こっち」の命題からスタートしてSまでいった場合はこんな感じ。「あっち」からスタートした場合はこんな感じ
以下小ネタ。
○ルミナスはたぶん量子コンピュータ?直方体の中の電磁場の定常状態というか量子化ってのはよく教科書に出て来るな。
○「酔歩の距離は時間の平方根に…」:1か-1かを半々で取る独立な乱数をT個足した数は、平均が0で二乗平均はT。したがって絶対値はTの平方根に比例
○無理矢理アイデンティティの話と結びつけなくていいんじゃないかな。数論を認識する数論を変えられて悟るシーンとかはちょっと関係してるかもしれないけど。純粋に理系オタの Tall tale として楽しみました。
○2002/3/29追記:「素因数分解多項式時間アルゴリズム」:あれ?1からNまで順番に試していっても N×LogN 程度の時間じゃないかな。多項式時間だよ。ショアのアルゴリズムだと LogNくらいなのかな。そうか、「桁数の多項式時間」と解釈すればいいのか。通常の方法だと Exp(桁数)だから。
○論理のネットワークを三次元表示してたけど、ほんとは何次元くらいなんだろう。r ステップで到達できる定理の数が r の d 乗に比例するとき、d が次元を与えるけど。あ、表示するためには位置関係が分からないといけないから、論理の網をたどらなくちゃいけないんじゃぁ?そうすると表示してるだけで証明してることになっちゃうな。