グレッグ・イーガン『Schild's Ladder』 ISBN:0575073918

(作者のサイト)
タイトルの ``Schild's Ladder'' という言葉の解説が終盤になって出て来た。重力理論の述語らしいんで、そんなマニアックなものタイトルにしなくても、と思ってたけど、簡単な幾何学の話で分かりやすかった(煎じ詰めれば重力理論って空間の曲がり方に関する幾何学なんだろうけど)。そういえば前半部分に「針の頭に "Gravitation"を(と)書くぐらい難しい」て文があった。イタリックだから "Gravitation" て語じゃなくて本の名前で、『電話帳』て呼ばれてる本のことかなぁ。数万年後でも読まれてるんだろうか。
"Singleton"も読んでるところ。主人公がペンローズの量子脳仮説を否定的に検証するための実験の被験者に志願したりして面白い。チューブリン分子に蛋白質をひっつけて、外部電場に敏感にして量子コヒレンスを壊し、意識が変わるかどうか調べる。
そういえば、「宇宙消失」の中で「皇帝の新しい MOD」という語(「裸の王様」の原題が「皇帝の新しい服」)を出した数行後で "undergraduate philosophical crap"(学部生レベルのくだらん哲学) というフレーズが出て来る。ペンローズの本「皇帝の新しい心」がそうだ、と言ってる訳ではないけど、そう思ってるのかな。(自分は、ペンローズの重力による収縮とか量子意識とか、ただ当てずっぽうに言って唾つけてるだけな気がする。仮に将来実験で実証されても、提唱者として評価されることはないんじゃないか)
でも、イーガンの量子力学の解釈はまだピンとこないなぁ。
12/10 追記:うーん、Singleton 作中の設定をちょっと整理してみるか。
● 外界との相互作用を断った量子コンピュータに古典コンピュータから毎回同じ古典データを送って古典演算で計算>毎回同じ結果が出る
● シールドを外して外界の熱ノイズと相互作用する量子コンピュータに古典コンピュータから毎回同じ古典データを送って古典演算で計算>毎回違う結果が出る
● 外界と相互作用を断っているけど他の量子コンピュータBと Entangle させた量子コンピュータAに古典コンピュータから毎回同じ古典データを送って古典演算で計算>毎回違う結果だが全体としては純粋量子状態にある。
● 外界と相互作用を断っているけど他の量子コンピュータBと Entangle させた量子コンピュータAで、Aが固有状態(何の?)にない時はBとの相互作用を断つ。古典コンピュータから毎回同じ古典データを送って古典演算で計算>多世界に分岐しない(ここがよく分からない)
用語が混乱してくるので整理:
●古典コンピュータ:熱ノイズの影響を受けない。完全に決定論的。どんな観測しても結果は同じ。でも純粋量子状態にはなくて(多分)、混合状態にある。
●古典データ、古典状態:たとえば1/2 スピンを Qubit にして、Sz の固有状態で古典的なON/OFF を表す場合、Sz の固有状態になってる状態や入力をとりあえず「古典的」と呼ぶ。
●古典演算:スピンの回転を0度か180度に限り、古典状態を必ず古典状態に写す変換をとりあえず「古典演算」と呼ぶ。
量子コンピュータで、初期状態や入力を古典データ、古典状態に限定し、古典演算のみ行うとすれば、外部との相互作用を断っていれば古典コンピュータと全く同じ動きをする。
●外部からの擾乱があると混合状態になり、計算結果はランダムになる。
●外部との相互作用を断って、しかし余分なQubit を持って来て量子コンピュータと Entangle させ、このQubit の Sx 成分を測定したりすると計算結果は二つの結果のランダムな混合になる。
いや、まてよ。各スピンの状態の直積で書ける状態はEntangle してないわけだから、古典状態ではEntangleは起きない。Entangle 起こすには、たとえば余分 Qubit を Sx+状態|↑>+|↓>にして、これを制御ビットにした制御NOTをどれかの Qubit に作用させて、|↑↑>+|↓↓>とか作ればOKだな。そしたらSx成分とか測定しなくても計算結果は古典的でなくなる。Entangle とかさせなくても1つスピンをSx状態に回転とかすれば同じことだな。
いまSz方向を古典的と呼んでるけど、物理的には意味はない。外部の擾乱とかは得体の知れない物なので、Sz 状態にいようがSx 状態にいようが、擾乱を受ければ混合状態になる。
Sx 状態でも混合状態でも、古典的な計算結果はランダムになってしまう。しかし Sx 状態なら Sx 成分を測定すれば結果は決定論的になる。しかし 古典アルゴリズムで計算して最後に Sx 成分を測定しても、その結果は計算としての意味をなさない。その意味で、計算という観点から見ると、純粋 Sx 状態も混合状態もあまり違わない。

追記:あ、Qusp に外界の情報を送るセンサとQusp の相互作用が必ず Sz で書ける演算子だ、という設計ならいいのか。そのセンサの状態も MWI だと重ね合わせになってたりするけど、それは自分のしったことじゃない、ってことか。余分なキュービット云々は「外界」をシミュレートしてる感じ。宇宙全体で見れば常に純粋な量子状態なのを部分だけ見れば混合状態に見える、という話。
○主人公は「私は多世界解釈に関しては完全な不可知論者だ」と言ってる登場人物に対して何も言わない。じゃあ実験は何だったんだ?