MPa m^1/2 ミガパスカルミタスクェア

という単位を自分が使うようになったのはほんの2月ほど前だけど実験屋と話をするには必須の共通語であった。今日はUCSBで金属の破壊の実験をしてる人たちと議論したり装置を見せてもらったり。
http://en.wikipedia.org/wiki/Stress_intensity_factor
物をひっぱってどのくらいで壊れるか。「種」亀裂がなければふつうは壊れない。亀裂がすでに存在してる場合はその先端に引っ張る力が集中して割れる。バネ的なふるまいを仮定して理論的に計算するとひっぱる力は亀裂先端に近づくと1/√距離の形で無限大になってしまう。実際は物質に応じてある値以上にはならない。いろいろ面倒なんだけど、1/√距離でどんどん強くなるときの係数を計算してみると、わりとどんな物質でもこの値がだいたい同じようなところで割れる。それがMPa m^1/2 程度。K値と呼んだりする。
無限にシャープな亀裂だとこのKは物を引っ張ってる全体応力×√亀裂の長さ、になる。実験のために材料に切り欠きを入れる場合、無限に鋭くはできないんで先端の曲率半径を推定してKを計算する。今日みせてもらった施設ではでかい材料に30Hzくらいで応力の振動を加えて疲労させ亀裂をたくさん作って、その先端を切り出して使ってた。これなら原子スケールでシャープだと期待できる。
K値の便利なところは大きさスケールに依存しないこと。原子一個一個の動きをシミュレーションで計算して亀裂がどこで進むか見ることを今してるけど、出てくるK値は実験とだいたいあっている(昨日Caltechで元Bossと話してたら in a same ballparkというidiomをこの意味でよく使ってた)。大きさのスケールは5桁くらい違うんで普通は共通語がないんだけど、Kは特別。

とはいえシミュレーションはまだまだ非現実的に単純な場合に留まらざるをえない。実際の材料はたとえば鋼だと炭化物の析出物がいっぱいあったりマルテンサイト組織という構造があったり多種多様な結晶粒界があったり、その影響で空間的にKcは大きくばらつく。割れにくい部分が割れるまで引っ張ると全体が割れると考えるとKcの最大値が重要となるけど、割れやすい部分がばーんと割れて亀裂が長くなってその分応力も強くなって割れにくい部分が無理やり引きちぎられると考えるとKcの最小値が重要となる。そのへんも物質によってケースバイケースと思われる。

かように現実の物質は複雑で、言い方を変えると「汚い」。スパコンが量産の暁にはCPUがたくさんあるのを利用してありとあらゆる場合の計算を同時にやってしまって力技で汚い系を征服するというのがおそらく応用寄りの物性の人がみんな考えてることかな。
今後重要になりそうなリチウムイオン電池とかはしかしあまり汚くない整然とした物質で、これはまた別のアプローチ、数百原子の系のシュレディンガー方程式をまじめに解いて性能向上につながる手掛かりを得る、てことが考えられる。これに成功した者が電気自動車競争を制する。

やはり Sustainable Energy はBio, Nano に続くBuzzWord ですな。
http://blogs.nature.com/thescepticalchymist/2009/12/mrs_batteries_ab_initio.html