グレッグ・イーガン "Distress" (邦訳『万物理論』刊行予定?) ISBN:0061057274 【アマゾン】

読了。全体的に他の長編に比べて「文系寄り」という印象を持った。数理的アイディア少なめ、そんかわり科学論や形而上学多め。そしてやはり塵理論のような大技が出て来た。よく分からないけど何度もいろんなアナロジーで説明されると分かったような気になる。中心テーマである「モノ」と「コト」というのは結構古典的な問題かも。それを物理屋ジャーゴンで説明してるのが楽しい。

最後の方は普通の小説としても盛り上がって面白かった。陰謀とか戦争とか。大技の結末は、テッド・チャン『理解』ISBN:4150113955 【アマゾン】みたいな感じで、「うぉー、何か良く分からないけどスゲー」て感じだった。

以下ネタバレ

「統一」というか「止揚」が核にある気がした。対立する物の合一。四つの力が統一されると、更に「モノ」と「コト」が混ざって統一される。主人公は下痢がきっかけで自分の肉体と精神を不可分なものとして受け入れる。クエールとのSEX? でジェンダーの枷から自由になる。国家の枠がなくなる。etc.
理解や概念で物理法則が変わる、というのは順列都市のオートヴァース生物の宇宙論を思い出す。あれよりは突っ込んで説明してる感じ。でも相変わらず素直に納得はできないけど。
しかしTOE、万物理論という語は物性物理屋からすると抵抗がある。物性分野には問題自体は学部生でも理解できるけど世界中で誰も解決してない問題が山程ある。あらゆる問題を統一的に記述するモデルが出来たところで、それは問題を語る言葉を整備したに過ぎない。ディラックが相対論的シュレディンガー方程式を作った時、「あとは数学者の仕事だ」と言ったらしいけど、まあ半分冗談だろう。物の理を理解するには数学だけでは足りない。
主人公に、お前はハバードモデルやスピングラスについて全てを理解したのかと小一時間(以下略)。
自説を説く疑似科学の信仰者に銃を突き付けて「お前の理論に一番必要なのは peer review だ」と言うのが笑える。