グレッグ・イーガン 『しあわせの理由』山岸真訳 ISBN:415011451X

☆ 愛撫
テーマは何かと言われると難しい。たぶん作中の絵のように、いろいろな見方ができるんでしょう、といってお茶を濁す
☆ 道徳的ウイルス学者
ノリとしては筒井の「信仰性遅感症」て感じですか。痛快。イーガンの他の長編とかでも疑似科学や反科学のカリカチュアな人物が開陳する説は爆笑物で容赦ないです。
神の御意志に基づいて、コンドームを融かすウィルスを作るってのが笑える。

技術的なことを言うと、蛋白質のシミュレーションをやる場合、現状では原子核の位置を固定して(分子結晶のX線解析なんかで得られた座標)量子力学的に電荷分布を求め、その先は電荷分布を固定して古典的な分子動力学を使って各原子を動かすのが一般的なようです。電荷によるクーロン力が主なので計算は大変です。しかも周囲に水分子を大量に置いてそれもシミュレーションするんで大変です。クーロン力万有引力と同じなんで、GRAPE 由来の専用チップが使われたりしてます。そうやって計算すると、あるRNAシーケンスで生成される蛋白質がどのような形に折り畳まれ、どういう機能を持つか、が分かります。ウィルスを作る場合はこれと逆の、ある機能を持つシーケンスを見つける、という逆設計が必要で、これは超難しいです。

☆ しあわせの理由

この作品については語るのが難しい。なんというか、これ読んで一生イーガンについて行こうと思った作品。高校一年の時、クラークの『白鹿亭綺譚』 ISBN:4150104042 【アマゾン】 に収録されてた、究極の音楽をネタにした短篇を読んでいろいろ考え込んでしまった。なんだ結局幸せって電気信号じゃん、と。でもその後、ただの鳥の骨を未知の古代生物の化石と思い込んで一生研究してた人の話を読んで、幸せならなんでもいいじゃん、と楽観論に転向した。正確にはなんでもいい、て訳じゃなくて、方向としては色々と演出や隠し味が加わった方がいいな、というところに落ち着いた。あのころに読みたかった。