むし1984

以前六本脚社で買い物した時、昔の『月刊むし』が10冊1000円で売られていたのを見つけて買いました。1984年の号です。都道府県のカミキリ記録に参考文献として挙げられている号が目当てでしたが、この年は甲虫業界でいろいろ大ニュースが飛び交ったようで、非常に面白かったです。
一番の事件はヤンバルテナガコガネの発見・記載。それまでも死体が見つかって存在は知られていましたが、この年初めてシイ大樹のウロから生きた成虫が見つかりました。その大きさと特異な形状で新聞各紙やTVを賑わしたようで、それから一年で天然記念物指定(採集禁止)という異例の早さで事が進んだようです(Wikipediaの記述)。これに対する当時の虫屋の反発の様子も書かれていて、またこの頃は大手マスコミがオトリ捜査まがいの取材で違法な採集をする虫屋を大きく取り上げたりしていたようです。その頃に比べると今は養老さんとか池田さんとかがTVに出られて虫屋の世間的イメージは改善されたんじゃないかなと思いますが、虫屋が悪者にされる一方で開発で数え切れない種が30年の間に絶滅したと考えられます。http://ikilog.biodic.go.jp/rdb/explanatory_pdf/21insect.pdf
身近な所では、ヒラヤマコブハナがウロにいると判明したのもこの年のようです。これもヤンバルテナガコガネの影響でしょう。会津のチップ工場で羽化不全の個体がウロのある材にいて、飛べないからウロで発生したのでは、という推理から判明したようです。
また高尾でクリストフコトラが大発生したのもこの年のようで、ちょうど圏央道建設で大規模な伐採が行われた年でもありました。
編集後記にて、ヒラヤマ、オオトラ、ギガンなどの大物の生態がある程度わかってきて、これらが一通り「落ちた」と表現してありました。まあ分かったからといって後者二種は簡単に見つけられませんが。
今現在「落ちて」ないカミキリは、本州だとフトキクスイモドキ、トゲムネアラゲ、ピックチビコブあたりでしょうか。どれもくっそ地味ではありますが。月刊むしの最近の記事からすると、編集長の藤田氏(1984も今もこの方)はこれらの種の生息環境について「樹冠」が最後のフロンティアでないかと想定しておられるようです。また他の普通種に酷似していて同定が難しく、普通種ラベルをつけられ標本となっているものも多いと思われます(キクスイモドキ、クリイロチビケブカ、ホソヒゲケブカ)。それらを再検討し採集状況を思い出せば新たな知見が得られるかも。
そんな状況で去年のヤンバルのネキNEWは鮮烈でした。

ところでビスマルクの言葉に「愚者は自分の経験に学ぶ。私はむしろ他者の経験に学ぶのを好む」てのがあります。

「他者の経験」は、たとえばヒラヤマがうろにいると分かった経緯とかですね。「歴史」と間違って訳されることがありますが、本質的に意味が違います。今の視点から過去を見るか(hindsight,後知恵)、過去の人間の立場で未来を見ているかの違い。うろにいるという知識だけあればヒラヤマは発見できるけど、それだけ。応用ができない。