グレッグ・イーガン『Schild's Ladder』 ISBN:0575073918 【アマゾン】

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トムソーヤの英語が思ったより難しいので中断。こっちの方が読みやすい。自分にはトムソーヤの南部鈍りの英語(ジムとか、マジで何言ってるか全く分からん)よりも量子重力理論(に関するホラ)の方がとっつきやすい。
冒頭で現在物理学の前に立ちはだかっている重力の量子化という難問のブレイクスルーとなった理論てのがまことしやかに説明されてます。これが絵だけで説明できてしまうエレガントな理論なんで、実際この難問に挑戦してる人が読んだら「そんなにうまくいけば世話ないわい!」と言いたくなるかも。
タイトルの"Schild's ladder" とは何か、というのは『電話帳』に説明が載ってるらしい。専門外だから持ってないけど。
なんかアイディアぶっとんでます。イーガンのいままでの諸作品で使われたアイディアをちゃんと咀嚼してればなんとかついて行けるけど、それでもすごい。ある登場人物の台詞:


"For special events like this, we sometimes go nuclear."
"go nuclear" ってのは別に特別なイディオムではなく、文字通り「原子核になる」という意味。意識をシミュレートできるくらい複雑な構造をもった巨大な原子量の原子核をプログラムして(「フェムトマシン」だって。どひゃー。)、そこに意識をコピーする。当然そのような原子核はフェムト秒単位でしか安定に存在できないけど、計算速度が速いから意識を十分にシミュレートできるという理屈らしい。
計算が終ったら崩壊してしまうので、計算結果をガンマ線で測定しても全ての情報を復元することは不可能で、せいぜい数キロバイトしかできない。意識がその間に経験した情報を差分として取り出すにしても全然足りない。その点を解決したのか?と主人公が聞くと:

"We do it freestyle. One-way."
という答え。One-way つまり一方通行なので、原子核にコピーされた「私」は崩壊して死ぬことになる(でもオリジナルは死なない)。"freestyle"は量子的重ね合わせ状態になる、ということらしい。現在の観測理論では「意識/観測者」は常にマクロで量子的コヒーレンスとは相容れない物として扱われるが、ミクロな原子核で意識が作れるとするとこれは当てはまらない。そういう意識がどんなものになるのか、想像もつかない。こういった事がほんの半ページに書いてあるわけです。しかも日常会話として。なんともはや。"Planck Dive" とかの短篇と同じ世界設定みたいだから、そっちでウォームアップしておいたほうがいいかも。
以下本書と関係ない考察。原子核とまでいかなくても、量子コンピュータで意識を再現できたらどんな意識になるんだろう。基本的に量子コンピュータは古典チューリングマシンの上位互換になってるので、古典アルゴリズムで計算してれば(できればの話だけど)違いはないし、それらの単純な重ね合わせになってたら多世界解釈と同じで各意識は古典的意識と変わらない。しかし量子コンピュータ独自のアルゴリズムを使って意識を再現してるとしたら、どんな意識になるのかは想像もつかない。ただしショアのアルゴリズムとか検索とか量子コンピュータで劇的に高速になる物ってのは、ただ一つある答え(たとえば除数)をいかに高い確率で見つけるかという問題に限られるので、決定論的に逐一計算して途中経過も必要な問題には威力を発揮しない。
量子と意識、といえばペンローズ。なんか量子状態が意識の鍵になってる、とか主張してるらしいけど、そのへん詳しくないからパス。ていうか自分は懐疑的です。